仙台高等裁判所 昭和59年(ネ)68号 判決 1989年1月27日
控訴人(被告) 佐藤工業株式会社
右代表者代表取締役 佐藤長兵衛
右訴訟代理人弁護士 塚田武
右訴訟復代理人弁護士 安部敏
被控訴人(原告) プレスコンクリート工業株式会社
右代表者代表取締役 後藤弘
右訴訟代理人弁護士 犬飼健郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示及び訴訟記録中の証拠関係目録に記載のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決四枚目裏六行目の「工業高校」を「工業学校」と同八枚目表末行の「転稼」を「転嫁」と改める)。
(被控訴人の陳述)
一、被控訴人が取引をした佐藤工業株式会社仙台支店は控訴人の組織の一部である。
二、仮にそうでないとしても、
被控訴人は控訴人を営業主と信用して取引をしてきたものである。
色摩吉夫との取引は、多賀城市の仕事に関連し、その職員から吉夫を控訴人の仙台出張所長と紹介されたのにはじまり、名板貸のことは何の説明もなく、控訴人の名で注文を出され、取引をしてきたものであるから、控訴人を営業主と信じるにつき被控訴人には何の落度もない。
1. 仙台支店では、看板のみならず、自動車についても控訴人の名前が入つていたし、被控訴人が資材を納入した現場ではバリケードや作業員の保安帽に至るまで控訴人の名前が入つていた。
2. 被控訴人は、吉夫や色摩トシ子が取引先から社長と呼ばれたり、大場栄一郎が専務と呼ばれていたことは全く知らない。
3. 有力企業であつても手形を振り出さないことがありうるものである。現に被控訴人の取引する有力企業においても手形振出をしていない会社がある。
被控訴人は、吉夫に対して、手形の振出を依頼したところ、控訴人では手形を振り出していないからその代わりに吉夫振出の手形を交付すると言われて、これを受領したものである。
被控訴人は右手形は控訴人の仙台支店の工事請負代金で決済されるものと信じていた。そこで、吉夫個人の手形を受領してもその領収書は控訴人あてで出していたし、吉夫の当座には控訴人仙台出張所長の肩書がつけられていた。
そして、吉夫死亡後、吉夫振出の手形の代わりに受領したのがシカマ建設工業株式会社(以下「シカマ建設」という。)振出の手形である。被控訴人はシカマ建設の手形を受領したといってもその支払の実体は控訴人であり、取引相手は控訴人と考えていたものである。
控訴人は、その名義使用を受注のみに限って許容したといっているが、控訴人は、資材の仕入購入のような行為について控訴人の名前が使われないように監視監督をしていないばかりか、むしろ黙認していたとみられるような状況下で、被控訴人が営業主を誤認したとしても、重大な過失があるとは到底いえない。
(控訴人の陳述)
一、被控訴人は、本件売買取引の相手方は、控訴人ではなくシカマ建設である旨認識していたものである。仮にこれを誤認していたとしても、重大な過失があったものである。
二、控訴人が色摩吉夫に名義の使用を許諾した範囲は官公庁からの受注に限ってのことである。しかし、受注の実質的な主体は吉夫であつた。昭和五二年九月には吉夫は個人企業を法人組織にしてシカマ建設を設立し、自ら代表取締役となった。吉夫死亡後は、トシ子が社長、大場が専務となり、出入りの取引業者からもそのように呼称されていた。控訴人がトシ子や大場に「佐藤工業仙台支店」の名義使用を許したのも地方公共団体からの受注面に限定してのことである。
吉夫は、民間企業からの受注はすべてシカマ建設の名義でこれをしてきた。そして、資材の発注やその代金の支払もシカマ建設(その設立前は吉夫個人)の名義でなし、シカマ建設振出の手形小切手でこれをしてきた(但し、東京石灰工業株式会社からは「佐藤工業仙台支店」名義の手形小切手でなければ取引ができない旨強く要求されていたため、「佐藤工業仙台支店」名義で振り出した手形小切手を交付していた。)。
三、被控訴人は、吉夫の個人企業時代から吉夫が控訴人の仙台支店の名で受注し、吉夫自ら仕事をし、吉夫がシカマ建設を設立した後も、控訴人の仙台支店は官公庁からの受注面のみの存在にすぎず、受注者の実体はシカマ建設であることを知り、シカマ建設単名の手形を受領しつつシカマ建設に納品してきたものである。
シカマ建設が「佐藤工業仙台支店」の名義で被控訴人から資材を購入したことはない。被控訴人への資材の発注はシカマ建設の名義でしていたものであり、さればこそシカマ建設の手形を右代金の支払のために被控訴人に交付してきたものである。
多額の物品を納入した被控訴人が、その代金の回収のためにシカマ建設振出の手形を受領し、それのみによって五か月もの間本件資材を継続的に納入してきた事実こそ、真の買主がシカマ建設であることを被控訴人が了知していたことを推認させるものである。
被控訴人が吉夫を控訴人の仙台出張所長と紹介され、その故もあつて吉夫個人名義の手形で取引を継続してきたとしても、後にシカマ建設振出の手形に切り替つた際、控訴人には何らの照会もせず、その切替えに円滑に応じつつ取引を継続してきたことは、遅くともその時点において控訴人とシカマ建設との関係を知悉していたものである。
被控訴人の担当者も他の納品業者と同様に吉夫のことを社長と呼び大場のことを専務と呼称し、支店長と呼ぶ者がいなかつたこと、長い取引関係にもかかわらず被控訴人は控訴人には盆暮のあいさつもしていなかつたこと、シカマ建設振出の手形が不渡になつても控訴人には何らの請求もせず、かえつてシカマ建設の再建に協力しようとしていたことからみても、被控訴人がシカマ建設を取引の相手方と認識していたことは明らかである。
理由
当裁判所も、被控訴人の本訴請求は名板貸に関する予備的請求について正当としてこれを認容すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。
一、1. 原判決八枚目裏末行の「第七〇」の次に「、第七七」を加える。
2. 同九枚目裏末行の「公文書であるから真正に成立したものと認められる」を「成立に争いのない」と、同一〇枚目表一行目の「第八三号証の一ないし四」を「第八三号証の一及び四、第八五ないし第八九号証の各一、二」と、同二行目の「甲第八五ないし」を「甲第九〇、」と改める。
3. 同一二枚目表三行目から四行目の「(原告につきこれが存在するとの主張立証はない。)」を削る。
二、控訴人は、被控訴人において、控訴人が営業主であると信ずるについて重大な過失があると主張する。
1. <証拠>を総合すれば、次の事実を認めることができる。
(一) 控訴人は、米沢市に本店を置き、土木建築請負等を業とする会社であるが、その代表者佐藤長兵衛の学校時代の友人であった色摩吉夫は、昭和三一年ごろから控訴人の許諾のもとに控訴人の仙台出張所の名称を用いて官公庁から道路舗装工事を請け負う等の営業をしていた。
控訴人は、昭和五二年八月には、吉夫の営業していた事務所(仙台市高松二丁目一七番一四号)を控訴人の仙台支店として支店を設置し、吉夫をその支配人に選任するとともに、控訴人の取締役にも選任した旨の登記をした。
(二) 控訴人は、吉夫が控訴人の仙台出張所又は仙台支店として官公庁から受注して行った工事の収支を控訴人の支店の収支とする貸借対照表等の会計帳簿を作成し、これをもとにして税務申告を行い、自社の工事実績のうちにも吉夫の受注した工事を含めて取り扱い、控訴人の側で使用する名刺にも仙台支店の名を記載する等して吉夫が行つていた営業が控訴人の仙台支店の営業であるかのように取り扱つてきた(控訴人が建設大臣に提出した書類にも、控訴人の支店として仙台支店を設置し、吉夫をその支店長として配置し、仙台支店で取り扱つた工事を控訴人の支店が取り扱つた工事として届出をしていた。)。
吉夫は昭和五二年九月二八日に土木建築工事の請負等を目的とするシカマ建設を設立し(本店は同じ仙台市高松二丁目一七番一四号の事務所)、その代表取締役となつたが、控訴人との関係は全く前と変りがなかつた。
(三) 吉夫は昭和五四年六月二九日に死亡した。吉夫が控訴人の仙台支店長と称して行つていた営業は従前から吉夫のもとで営業に従事していた大場栄一郎(吉夫の妻トシ子の実弟)がこれを引き継ぎ、控訴人の仙台支店長大場の名義で引き続き官公庁から道路舗装工事を受注していたが(シカマ建設の代表取締役はトシ子となつた。)、控訴人は従前どおり大場が仙台支店長として受注して行つた工事の収支を控訴人の支店の収支として貸借対照表等の会計帳簿に記載し、これをもとにして税務申告を行い、依然として仙台支店の名を記載した名刺を使用する等、大場の行つている営業が控訴人の仙台支店の営業であるかのように取り扱つていたことは、吉夫の当時と全く同様であつた。
登記についても、控訴人は、吉夫の死亡後も仙台支店を廃止するという手続をとることもなく、これをそのままにしておくとともに、昭和五五年八月一日(但し、本店の所在地である山形地方法務局米沢支局に対しては同年七月一六日)に、取締役色摩吉夫の死亡の登記をすると同時に、大場を同年四月一〇日に控訴人の取締役に選任した旨の登記をした。
控訴人が仙台支店廃止の登記手続をしたのは、シカマ建設が同年八月に倒産した後である同年九月一〇日である。
(四) 被控訴人は昭和三〇年代の後半ごろから控訴人の仙台出張所長と称していた吉夫との間でコンクリー卜製品等の道路資材の取引をはじめ(多賀城市役所の係長から控訴人の出張所長として吉夫を紹介された。)、取引を継続し、吉夫の死亡後は控訴人の仙台支店長と称していた大場との間でその取引を継続してきたものであり、本件の取引もその一環として行われたものであった。
その間吉夫及び大場が使用していた事務所には控訴人の支店であることを示す看板が掲げられており、その従業員も控訴人の仙台支店の従業員としての名刺を使用し、工事現場には控訴人の名前の入った標識が使用されており、市販の「建設業者要覧」にも吉夫が控訴人の取締役仙台支店長、大場が取締役として記載されていて、被控訴人は終始取引の相手方は控訴人の仙台支店であると信じていた。
(五) 但し、被控訴人は、代金の支払については、先には吉夫個人の振出した手形をもつて、後にはシカマ建設振出名義の手形をもつてその決済を受けていた(しかし、その注文は控訴人の名で受けたものであり、請求書も領収書も宛先は全部控訴人の名前であつた。)。
これは、先に引用した原判決の認定(三の(四)の1の(3)及び(6))のとおり、吉夫から「控訴人では手形を振出さないことになっている。」旨いわれたためであつた。
被控訴人では、手形の振出を受けないで取引をしている会社があるほか、受注先以外のものの手形を受取つて取引をした場合もあつた。
以上の事実が認められる。乙第二〇号証(色摩トシ子の証人調書)の記載のうち、右認定に抵触する部分は採りあげることができない。
2. 右に認定した事実(先に引用した原判決の認定した事実を含む。)によれば、被控訴人が控訴人を営業主であると信ずるについて重大な過失があつたということはできない。
控訴人は、「被控訴人とシカマ建設との取引においては決済の手段としてシカマ建設振出の手形が用いられていた」旨主張するが、前記認定の事実関係のもとにおいては、このことをもつてしても、被控訴人に右重大な過失があるとすることは相当でないといわなければならない。
他に被控訴人に重大な過失があることを肯認するに足りる証拠はないから、控訴人の右主張は採用することができない。
被控訴人において控訴人を営業主であると信じて本件取引をしたものである以上、控訴人は商法二三条の責任を免れないものというべきである。
三、よって、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川良雄 裁判官 武田平次郎 木原幹郎)